人生に役立つ名言集⑪(銀河英雄伝説【外伝】編)

早良区西新の歯医者 松尾です。

 

 

明けましておめでとうございます。

 

今年もよろしくお願い致します。

引き続き

名言集を載せていきます。

 

 

 

社会・偏見・情報・規則

 

 

 

「人間というものは不便なものでね。

 

誰も皆、互いの身分、立場、肩書といったものから自由ではいられないものだ。

 

常に先入観や偏見のフィルターを通してしか他人をみることはできない。

かくいう私も当初君のことは見誤っていた。

幸い私は貴族といっても

*門閥(もんばつ)とは程遠い男爵で、貴族社会にどっぷり浸かっているわけでもない。

 

軍隊も中途入隊で他の世間も知っている。

 

おかげで多少なりとも

偏見のフィルターの取り去り方を心得ているつもりだ」

 

*門閥(もんばつ)

世間で認めている、家の格づけ。家柄

 

by 艦長アデナウアー

 

 

「違う分野を知っている」ことは重要です。

 

 

一見無関係なことのようでも

根っこでは繋がっていたりするものです。

 

 

ほんの些細(ささい)なことが、結果を大きく分ける場合もあります。

 

 

加えて

 

私自身にも言えることですが

 

「先入観というフィルター」は、できるだけ取り除いて、人に接していけたらと思います。

 

 

 

軍の階級と知識や才能は別のものだ。

 

あなたの視野は軍隊の中だけの視野しか持ってはいない」

 

by ラインハルト・フォン・ミューゼル

 

 

こういった事を「分けて考える」ことができるか、が重要です。

 

 

私がよくする例え話をしますね。

 

 

Aさんがあるノーベル賞を取りました。

 

しかし、Aさんは人間性・性格には多少問題がありました。

 

すると、Aさんの周りの人達はこう言います。

 

「ノーベル賞取っても、

あんな性格じゃあねぇ…」と。

 

 

性格に問題があることで、ノーベル賞を取ったことは

 

「なかったこと」のような口ぶりです。

 

 

 

「人間的に問題があること」

 

「実際にノーベル賞を取った」

 

という功績は別物です。

 

 

・セットで考えること

 

OR

 

・分けて考えること

 

 

この違いを意識していきたいですね。

 

 

「上に立つ者が下の者に*質素倹約(しっそけんやく)を強要する時、

 

自らがそれを順守する例など殆ど無いからな」

 

by ラインハルト・フォン・ミューゼル

 

*質素倹約(しっそけんやく)

飾り気がなく、つましく暮らすこと。

ものを節約して生活すること。

 

 

まさに某国の在り方ですね。

 

国民は飢えて亡くなっていっても

自分だけは贅沢病らしいですから。

 

 

 


「盗賊にも色々な種類があるわ。

 

中には国を盗む者もいれば、

他人の妻を盗むの者もいる。

 

その中で最低な奴は

他人の功績を盗む奴よ

 

by ミリアム・ローザス

 

 

「甘い汁を吸う」ですね。

 

意味:自分は苦労をせずに、自分の地位や他人を利用して多くの利益を得ること。

 

 


「同時代に生きて、実際にその事件を見た人より、史料と遺物に頼るしかない後世の人のほうが、しばしば事件の本質を把握できると思う。

 

でなければ、そもそも歴史学の存在する意味が無い」

 

by ヤン・ウェンリー

 

 

・主観的(しゅかんてき)

 

・客観的(きゃっかんてき)

 

ですね。

 

「主観的」とは、自分の好みなど、自分だけが感じるものの見方。

 

自分の意見が、他人の意見と同じとは限らない場合を表す言葉です。

 

 

「客観的」とは、調査データなどが存在したり数値で測れるため、誰もが納得できるものの見方で、自分の意見と他人の意見はほぼ一致します 。

 

 

よく聞く話に

戦争経験者が生還後、すぐには当時の状況を話せる状態にないと言います。

 

なぜなら

生々しすぎる経験のため、今この瞬間も戦時中であるかの様な、恐怖に駆られる感覚になるからだと言われています。

(主観的)

 

しかし

生還後、何十年も経過して、心の整理がついて、初めてその当時を振り返ることができると言います。

(客観的)

 


「世の中に飛び交っている情報ってものには、必ずベクトルがかかっているんだ。

 

つまり誘導しようとしていたり、願望が含まれていたり、その情報の発信者の利益をはかる方向性が付加されている。

 

それを差し引いてみれば、より本当の事実関係に近いものが見えてくる」

by バグダッシュ

 

 

まさにその通りと思います。

 

 

最近の出来事では「レジ袋削減」など

必ず誰かが得をする仕組みが背後にあります。

 

 

あるいは

「もっと大きな、公にできないような事」を隠すため、多くの人の目をそらさせる

*カモフラージュ企画の可能性もあるのではないでしょうか

 

周囲の風景に溶け込むことにより、敵の視を欺き、対象を発見されないようにする方法のこと。

 

 


「情報を収集するにしても、伝達するにしても限界があります。

 

また伝達された後に状況が変化する場合もあるでしょう。

 

情報というのは生き物なのです、

それも短命の」

 

by ヤン・ウェンリー

 

 

「取り扱い注意」ですね。

 

情報とは極めて重要なものですが

一歩間違うと、取り返しのつかないことになるかもしれません。

 

情報活用のタイミングには、気をつけましょう。

 

 

 

 


「キルヒアイス、お前はゴミ溜めの中にも美点を見出すタイプだな。

 

俺などに出会わず、学校の教師などにでもなっていれば、生徒の長所を活かす、

さぞ良い教師でもなっていたかもしれんな」

 

 by ラインハルト・フォン・ミューゼル

 

 

「誰にでも長所はある」

というキルヒアイスらしい、温かさを表現したセリフだと思います。

 

 

特にこれからの時代は、

*画一的(かくいつてき)ではなく、

多様的・個別的になっていくことを

予測・希望したセリフとも取れます。

 

 

*画一的(かくいつてき)
全てを同じ枠にはめ込み、様子をそろえること。

 

 

 

 ㊿

「軍旗に敬礼する脚の角度とか、下着の色は白に限るとか、くだらん校則が多いからな。

 

守るのがバカバカしくなって、

 

遂には肝心の

『守るべき最低のルール』まで軽視されるようになる」

 

by ラインハルト・フォン・ミューゼル

 

 

「銀河英雄伝説」は1982年の作品ですが、似た様な

 

・「ブラック校則」

 

・「会社の謎ルール」

 

など未だにニュースで見ますね。

 

 

銀英伝が刊行されて

もうすぐ40年ですが、社会の有様が変わらない典型的な例ですね。

 

 

 

(51)

「何かを生み出すのではなく、規則や習慣の*墨守(ぼくしゅ)のみが重んじられ、古いことが正しい事のように思いこませる。

 

そんな教育がまかり通っていますね」

 

*墨守(ぼくしゅ)

 

自己の習慣や主張などを、かたく守って変えないこと

 

by ジークフリード・キルヒアイス

 

 

社会規則の作られ方をテーマにした小説

 

 

『5匹のサルの実験』

 

通称:サルとバナナとはしごの話

 

をご存知でしょうか?

 

 

以下内容

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まず始めに、部屋に5匹のサルを入れます。

 

部屋の中央にははしごが設置されており、登るとはしごの上のバナナを手に入れることが出来ます。

 

しかし、サルがはしごを登ると、登らなかった残りのサルに氷水が降り注ぐようになっています。

 

この状況で実験を開始しました。

 

 

しばらくすると、サル達は氷水をかけられたくないので、はしごを登るサルを攻撃するようになります。

 

すると、どのサルたちも段々とはしごを登ろうとしなくなりました。

 

 

そこで、元々いた5匹のうち1匹を新しいサルに置き換えます。

 

新しく来たサルは、はしごとバナナを発見します。

 

なぜ他のサル達がバナナを取りにいかないのか、

と不思議に思いつつも、新参者のサルは

はしごを登ろうとします。

 

すると、他のサル達はその新入りのサルを攻撃します。

 

新参者のサルはなんでボコボコにされたのか理解できませんが、

攻撃されたくないので、早々にはしごを登ることを諦めます。

 

 

また同様に、もう1匹を新しいサルに置き換えます。

 

新参者のサルははしごを登ろうとしてボコボコにされます。

 

以前ボコボコにされた新参者だったサルも、他の皆がやっているため、

今回のサルをボコボコにする行為に加担します。

 

しかし、なんではしごに登ろうとするサルを攻撃しなくてはならないのか、

全く理解していません。

 

 

このように、5匹のサルを1匹ずつ置き換えていき、

5回目には元々いたサルは、全員部屋からいなくなっています。

 

今、部屋に居るサルは氷水を浴びせられたことがありませんが、

はしごに登ろうとするサルもいません。

 

全てのサルは、何故こんなことをしているか分からないまま、はしごに登ろうとするサルが現われるとボコボコにするのです。

 

そして、社会の規則もこのようにして決まっているのです。

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引用終了

 

 

 

 

社会では規則とされていますが、

なぜその規則が守られているのか、釈然としない気持ちになったことはありませんか?

 

何となく「規則だから」というだけで、納得できずにただただ守っていることがありませんか?

 

 

しかし

サルとは違い、人間は言葉や文字という手段で情報を伝えることができる生物はなずです。

 

 

その規則が

 

・本当に必要なのか

 

・改良すれば使い道があるのか

 

・不必要なら無くしていくのか

 

 

*形骸化(けいがいか)した規則を今一度見つめ直す必要があるのではないでしょうか

 

 

*形骸化(けいがいか)

中身のない、形だけのものになってしまうこと。

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